白滝明神

白滝明神(大仙市)

しらたきみょうじん

大仙市協和峰吉川

 

最終更新:2024/1/31


a

 

ツールチップ上
説明 
ツールチップ下
説明 
ツールチップ右
説明 
ツールチップ左
説明 

      
  • 来訪:文政9年(1826)
  • 年齢:73歳
  • 書名:月の出羽路 仙北郡 第二巻
  • 形式:地誌、図絵
  • 詠歌:夏と秋 行きかふ滝や しら糸に 紅葉織込む かたひらの里(平安時代の歌人・小野中将の和歌を引用)

 

  説明文あたたたたたたた

 

『説明』

🖌菅江真澄の道
  • 来訪:文政9年(1826)
  • 年齢:73歳
  • 書名:月の出羽路 仙北郡 第二巻
  • 形式:地誌、図絵
  • 詠歌:夏と秋 行きかふ滝や しら糸に 紅葉織込む かたひらの里(平安時代の歌人・小野中将の和歌を引用)

真澄記:

 『峯吉河邑 神社ノ部』の項に、不動明王を祀る白滝明神を記載し、図絵を描く。

なぜメガネが
seafood seafood seafoodseafood
📑[コラム1] 白滝と不動神社 由緒
昭和27年 秋田観光三十景に入選。
  • 一の滝:49m
  • 二の滝:約8m
  • 三の滝:約6m

 不動神社(今木神社)では不動明王を奉る。

不動明王が現れ、雨乞いを聞き入れた由緒がある。

 ↑上記の[コラム]に記したように3つの滝からなり、『峯の白滝』とも呼ばれている。

 

 昔は高善寺の修行道場として全国各地から山伏たちが集い、荒行をなした。

真澄の図絵の随所でも行者の修行場を思わせる名前が振られている。

 

 

現在の景色と真澄の図絵との位置関係
現在の景色と真澄の図絵との位置関係

 入口から100m程歩き、三ノ滝を越えると不動神社が鎮座するニノ滝へ到着する。

山道はとりわけ危険度低し。流水への滑落に注意。

座禅石などが当時の様子を偲ばせている。

 

 

 こちらの動画に最長の一ノ滝が岩肌を滑るよう様子が映されている。

まるで巨大な一枚岩の上を流れているようだ。

頂上に今木神社が鎮座する。

なぜか
なぜか
メガネが供えられていた
メガネが供えられていた
標柱
📍[コラム2] 標柱データ

前:菅江真澄の道  白滝明神

・横文政九年(一八二六)

白滝明神の由来を記録 (月の出羽路仙北郡)

小野中将の和歌に 

夏と秋  行きかふ滝や しら糸に 紅葉織込む かたひらの里

後:平成二年十一月

青少年ふるさと運動実行委員

 

 滝の入り口の桟橋の脇に建立。桟橋はとても滑りやすい。

真澄の標柱と対をなすように『第十八景』の標柱も建つ。

 近年の水害でしばし立ち入り禁止だったようだが標柱は無事に確保されている。


羽州街道
(左)旧羽州街道路 (右)至 白糸の滝
(左)旧羽州街道路 (右)至 白糸の滝

 滝へ向かう手前に分岐があり、左側の道が旧羽州街道筋となる。

岐路に江戸時代からの常夜灯が現残している。

明治14年9月に明治天皇が東北御巡幸された折、境村にご宿泊されたのちに峰の山頂から四方を観望された。

ご縁

 取材当時(2016年)、早朝たまたま散歩されていた氏子の進藤様にご案内とお話を賜った。

曰く、昔はもっと滝の水量があり、参詣者も絶えなかったとの事。

最近は若い人が訪れなくて寂しい、と嘆いておられたのが印象的だった。

ささやかなご縁を持てたことを、この場を借りてお礼を申し上げます。





アクセス

  • 駐車場:あり
  • 案内板:あり
  • トイレ:なし
  • 備考:熊に注意(氏子さん談)。

関連リンク

・近隣『菅江真澄の道』


◆参考文献・サイト

国立国会図書館デジタルコレクション

秋田叢書 第8巻

・真澄紀行/菅江真澄資料センター

・YouTube:うさぎのかーくん様

・取材協力・新藤様


取材日:2016/7/20